大阪地方裁判所 昭和32年(ワ)5296号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔事実〕(当事者間に争いのない事実) 原告は昭和二三年その所有する宅地一一五坪を被告酒井に賃貸し、被告酒井は、右地上に数棟の建物を建築所有してきたが、昭和二五年原告の承諾を得ずに右建物のうち一棟の所有権を被告塚本に譲渡しその敷地を同被告に転貸した。原告は昭和三〇年六月八日付内容証明郵便で被告酒井に対し土地の無断転貸、地上建物の無断売却を理由として右土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
(原告の主張) 原告と被告酒井との間の本件土地貸賃借契約には、「賃借人は賃貸人の承諾を得ずに賃借権の譲渡、転貸、地上建物の売買譲与等をしないこと、右約定に違反したときは賃借期限の利益を失い催告を要せず賃貸人から土地返還の請求を受けても異議ないこと」との特約がある。原告は、昭和三〇年六月初旬になつて被告酒井が被告塚本に前期無断建物売却土地転貸をしていることを知つたので、特約に基き被告酒井に対する賃貸借契約を解除した。よつて被告酒井はその所有する地上建物を収去して右賃借土地を明渡せ。被告塚本はその所有する建物を収去してその敷地から退去せよ。
(被告等の答弁及び抗弁) 原告主張の特約の存在は否認する。本件賃貸借契約は建物所有を目的とするものであつて且つ地上建物はすべて賃貸を目的とする借家であり、被告酒井は右建物に居住したことはないから、地上建物を第三者に売却しその敷地を建物買受人に転貸することを当然原告から承認されていた。仮にそうでないとしても、昭和二五年八月被告酒井が被告塚本に建物一棟を売り渡しその敷地を転貸してから昭和二九年三月まで、賃借人としての義務履行は完全に行なわれ、背信的な事実はなかつた。原告は被告塚本が転借したことにより賃料支払の点について人的確率が増しこそすれ何ら損害を与えられることはない。原告は、昭和二九年四月地代を従来の二倍に増額要求し、被告酒井がこれを拒絶したところ、本件契約解除の挙に出たものであつて、このような解除権の行使は権利の濫用である。
(なお、右両被告以外の被告等は右地上建物の居住者で、原告はこれら被告に対し建物からの退去を請求しているものである。)
〔判断〕裁判所は、原告主張の特約の存在を認定し、「家屋所有の目的を以て土地を賃借した場合に、その地上建物が賃貸を目的とするものであるからといつて、地上建物を借家人に売却した場合に之に伴つてその敷地を転貸することが当然土地賃貸人より承諾せられているものということはできない。」として被告等の主張の一を排斥したあと、被告等の権利濫用の抗弁を容れ、原告の請求を棄却した。曰く、
「思うに、賃借人の資力性行職業等が異るときは物の使用収益の方法にも自ら差異を生ずるから、賃借人の何人であるかは因より賃貸人の利益に重大な関係を生ずるものといわねばならない。しかし土地の賃貸借殊に建物所有の目的を以てする土地の賃貸借に於ては、建物の賃貸借と異り、地上建物の所有者が変り従つてその土地の使用者が変つても土地の使用という点からみて殆ど影響なく、賃貸人の利害は地代の支払を確実に受けられるや否やの点にあるものといわねばならない。
ところで(証拠)を綜合すると、被告酒井伴治は、原告より賃借中の別紙第一目録記載の土地上に別紙第二目録記載の各家屋を賃貸を目的として所有していたが、そのうち建坪一六坪九合八勺外二階建五坪の一戸を昭和二五年八月被告塚本利治に売却しその敷地を同被告に転貸するようになつたが、以後昭和三〇年三月まで一回の滞りもなく約定地代を支払い、原告もまた異議なく受領してきたところ、昭和三〇年四月になつて原告が被告酒井及び塚本に対し地代を従前の一ケ月坪当り金二五円を一躍倍額の五〇円に値上の要求をなしたので、被告酒井は家屋賃借人が家賃の値上に応じてくれないから地代を一挙に倍額に値上げすることは承認できない、一ケ月坪当り金三五円ならば値上に応ずる旨答えたが、原告は一ケ月坪当り金四五円を主張して譲らず物別れとなつたので、被告酒井は同月分以降の地代を従前の額に従つて弁済供託をなすに至つたこと、そこで原告は昭和三〇年六月八日被告酒井に対し無断転貸を理由に契約解除の意思表示をしたが、その後も被告らと地代値上の交渉をつづけ、昭和三一年頃にも被告塚本に対し地代を一ケ月金四五円に値上の請求をしたが地代の協定がつかなかつたことが認められる。右認定の事実によれば、原告は、被告酒井、同塚本に地代の値上げを要求し同被告らがこれに応ずるに於ては転貸又は賃借権の譲渡を承諾すべかりしものであつて、従つて原告は根本に於て土地転借人が土地を使用収益するについて何等の異存がなかつたものであることが看取できる。而も被告酒井が被告塚本に転貸した土地は被告酒井の賃借せる一一五坪のうち一六坪九合六勺にすぎず、被告塚本が転借したことにより地代支払について人的確率が増加するも原告に於ては何らの損失ともならないこと、及び別紙第二目録記載建物の収去によつて生ずべき社会経済上の損失を想うとき、原告は正しく法律が権利を認めた社会的目的を逸脱して解除権を行使するものというべく、所謂権利の濫用として契約解除の効力を生じないものといわねばならない。」